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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)512号 判決

控訴人 被告 板倉修

訴訟代理人 百崎保太郎

被控訴人 原告 市島敬造

訴訟代理人 浜田金太郎 外一名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の第一次請求を棄却する。

被控訴人の当審における予備的請求に基き、控訴人は被控訴人に対し、東京都新宿区角筈一丁目一番の六七乙号所在木造トタン葺二階建一棟建坪一〇坪三合四勺八才外二階九坪五合九勺七才を収去して、その敷地一〇坪三合四勺八才を明け渡すべし。

訴訟費用は原審及び当審を通じこれを二分し、その一を被控訴人、その一を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の第一次請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、また、被控訴人の予備的請求を許さずとの裁判を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を、次いで予備的に主文第三項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、双方各代理人において当審で新たに次の如く述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人の陳述

一、控訴人は原審において本件建物が被控訴人主張の如き経過により移築されたものであり、移築後の現存建物が移築前の建物と同一性をもつことを認めたのであるから、控訴人の当審における自白の取消(後記控訴代理人の陳述一参照)には異議がある。被控訴人はこの点に関する控訴人の原審における自白を援用する。

二、本件建物は移築された建物を控訴人がそば屋開業のため、被控訴人に無断で大工に旧建物の改造、増築を命じ修理、改造したもので、可及的に旧建物用材を使用したものであるから、たとえ、外観、間仕切、構造、用材等が異つても本件建物は移築後の建物に代る建物であり、移築前の建物と同一建物である。

すなわち、被控訴人は、本件現存の建物が控訴人において当初から使用し来つた移築前の建物と同一性を有するものであることを主張するのであり、本件第一次の請求としては、移築前の建物から現存建物にひきつがれて存続した現存建物についての使用貸借の告知(民法第五九七条第三項)による終了を原因として、目的物の返還を求めるものである。

三、仮りに控訴人の主張する如く(後記控訴代理人の陳述一参照)控訴人において当初使用した移築前の建物と現存建物との間に同一性がなく後者が控訴人所有の別個の建物であつて、前者についての使用貸借が後者に移行、存続しなかつたものであり、これがため被控訴人の第一次請求が理由なしとすれば、被控訴人は予備的に次の如く請求を追加する。すなわち、本件現存建物の敷地は被控訴人の所有に属するものであるところ、控訴人は被控訴人に対抗し得べき何らの権限なくして右敷地上に現存建物を所有してこの土地を不法に占有しているのであるから、被控訴人は控訴人に対し土地所有権に基き右建物を収去して敷地たる土地を明け渡すべきことを求める。

控訴代理人の陳述

一、控訴人の原審における陳述は原判決事実摘示のとおりであるが、右陳述の一部を次の如く訂正する。

原判決三枚目表六行目以下に「右建物が原告主張の如き経緯により主文第一項掲記の場所に移築され、かつ減坪となつたこと、被告が該建物に(二階九坪五合九勺七才を増築して……)」とある部分及び同裏二行目以下に移築後の建物が移築前の建物と同一性をもつことはいうまでもないところであるから、被告は右持分権に基き引続き移築後の本件建物を占有使用し得べき権限を有するものである。」とある部分を取り消し、次の如く追加する。

「本件建物は移築前のものと同一のものでなく、すべてその構造、用材を新たにしたものである。すなわち移築前のものは、表入口は北向であつて間口四間、奥行三間の木造亜鉛葺平家建であつたが、移築された後現在存する建物は西向、間口三間奥行四間半の木造トタン葺二階建店舗であり、その用材は旧家屋のものを一も使用せず、全部、すなわち、屋根、柱、璧、建具その他の設備一切を新たにしたものであり、旧建物は現存しない。そして右は、控訴人において材料を供給し、大工、左官等を雇い新築したもので、被控訴人の所有物を一も使用せず、被控訴人は右新築に何ら関与したものでない。従つて移築前の建物に使用貸借契約があつたとしても、契約の目的物が右の如く、滅失した以上右契約の存続する筈なく、また本件建物は以上によつて明らかなように控訴人の所有であつて被控訴人の所有ではないのであるから、これについて被控訴人主張の如き使用貸借が存立し得べき筈もない。然らば本件建物についての使用貸借の終了を原因とする被控訴人の第一次の請求が失当なことは明らかである。」

右陳述の訂正が自白の取消となるとしても、右自白は事実に吻合せず、かつ錯誤によるものであるからこれを取り消すものである。

二、被控訴人の当審における予備的請求の追加は請求の基礎を変更するものであるから許さるべきでない。すなわち、被控訴人は従来本件建物についての使用貸借の終了を原因として右建物の返還を求めていたのに、右予備的請求は、本件建物の敷地についての被控訴人の所有権に基き、その不法占有を理由に右建物の収去と土地の明渡を求めるものであり、右は正に請求の基礎を変更するものというべきである。

なお、本件建物の敷地が被控訴人の所有であること、控訴人が右敷地上に本件建物を所有することによつてその敷地たる土地一〇坪三合四勺八才を占有していることは認めるが、右は不法占有ではなく被控訴人の承諾に基いて使用しているものである。

証拠の関係は、被控訴代理人において、新たに甲第五、六号証、第七号証の一、二、第八号証を提出し、当審における証人大久保松次郎の証言及び検証の結果を援用し、甲第七号証の一、二は本件移築直前すなわち、昭和二七年五月三〇日頃撮影したものであると説明し、後記乙第一八号証が本件現場写真であることは認めるが、その撮影年月日は知らない、その他の後記乙号各証の成立も不知であると述べ、控訴代理人において、新たに乙第八、九号証の各一ないし三、第一〇号証の一、二、第一一、第一二号証の各一ないし三、第一三ないし第一八号証を提出し、当審における証人鈴木春吉の証言及び検証の結果を援用し、乙第一八号証は昭和三一年六月九日撮影した本件現場写真であると説明し、甲第八号証の成立は認めるが、甲第五、六号証の成立は知らず、また、甲第七号証の一、二が本件現場写真であることは認めるがその撮影年月日は不知であると述べたほか、双方ともすべて原判決摘示のとおりその提出、援用、認否をしたので右記載を引用する。

理由

第一次請求について。

東京都新宿区角筈一丁目一番の六七甲号所在木造トタン葺平家建家屋一棟建坪一二坪五合の旧建物が被控訴人の所有に属し、被控訴人は、昭和二一年一〇月頃右建物で控訴人と共同して写真業を始めたが間もなく廃業し、控訴人に移転先がないまま引き続き右建物を控訴人に使用貸借によつて使用させ来つた、との被控訴人の主張事実が肯認せらるべく、右建物が控訴人、被控訴人の共有に属し、控訴人がその持分権に基きこれを占有し来つた、との控訴人の主張事実の否定せらるべきことについては、当裁判所も原審とその判定をひとしくするので、ここに原判決の理由中この点に関する説示を引用すべく、当審で提出、援用された証拠にしてこの判定を左右するものはない。

ところで控訴人は原審において、被控訴人の主張する如く、右建物が昭和二五年八月二九日東京都から区劃整理に伴う移転命令を受け、昭和二七年五月三〇日行政執行により換地予定地たる原判決主文第一項記載の場所に移築され、換地予定地減歩のため建坪が一〇坪三合四勺八才に減縮されたが、控訴人においてこれに二階九坪五合九勺七才を増築したものであり、そして移築後の建物が移築前の建物と同一性があるものであることを認めたのであるが、右にいう「移築後の建物が移築前の建物と同一性があるものである」とは単に移築の完了した際における建物が移築前の建物と同一性があつたという過去の事実を述べたものではなく、移築後の、そして現存する建物が移築前の建物と同一性を有するという意味において述べられたものと解すべきであることは、被控訴人、控訴人の原審における主張の趣旨からむしろ自明というべきところ、控訴人は、当審において、移築後の現存建物は移築前の建物と同一性を欠き、現存建物は控訴人の所有である旨主張するのであるから、右は正に自白の取消となるものというべく、この自白の取消の許さるべきや否やについて判断する。

成立に争なき甲第四号証、当審証人大久保松次郎の証言によつて成立を認める甲第五、第六号証、現場写真たること当事者間に争なく、右証言によつて本件移築直前の建物の写真であることを認むべき甲第七号証の一、二、当審証人鈴木春吉の証言によつて成立を認める乙第八、第一一、第一二号証の各一ないし三、第一四号証、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第九号証の一ないし三、第一〇号証の一、二、第一三号証、第一五号証、現場写真(現存建物についての意味)であることにつき当事者間争なき乙第一八号証に右各証人の証言及び当審における検証の結果を綜合し、かつ弁論の全趣旨を斟酌すれば、被控訴人主張の如く冒頭記載の建物が行政代執行により移築され、減坪されたのであるが、(控訴人は当審でこの事実についても原審における自白を飜すものの如く主張しているけれども、その趣旨とするところは現存建物が、旧建物が移築されたものそのものでないことを主張しようとするものであつて、旧建物が一たん前記の如く移築され、減坪されたという事実までも否定する趣旨でないことは、控訴人が当審でも移築のあつたこと自体を前提としての主張をしていることその他弁論の全趣旨から明白である-結局の争点は移築前の建物と現存建物との同一性の有無に帰する。-がこの点はしばらくおくも、以上の事実が認定される。)控訴人は右移築の完了に引き続き工費約三〇万円前後を使い、約二ケ月かかつて、右移築後の建物をその営業たるそば屋に適するように改築し、移築前の建物は木造トタン葺平家建建坪一二坪五合であつたのが、改築後の現存建物は木造トタン葺二階建建坪一〇坪三合四勺八才外二階九坪五合九勺七才となり、家の向もかえられ、右工事にあたつては旧建物の材料はわずかに柱二本、ガラス戸一枚、根太程度のものを使用しただけで、その他は全部控訴人の供した新材料を用いたのであり、屋根、柱、建具、壁、その他設備一切は右を除いて全部一新せられたものであることが認められる。してみると改築後の現存建物は移築前の建物と別個の建物であると見るのが社会通念上相当であり、(当審証人鈴木春吉の証言によれば、右工事が改造ということで請負われたこと、工事中も控訴人はこの建物に居住していたことが認められるけれども、右の事実を加味しても前記認定事実に照せば、現存建物と移築前の建物との同一性は否定せらるべきである。)また、前記認定事実からすれば現存建物は控訴人の所有であるといわねばならない。

以上の如く控訴人の原審における前記自白は事実に吻合しないものであることが認められるから右自白は錯誤に出たものと推定すべく、従つて控訴人の自白の取消は許さるべきであると共に、移築後の現存建物が移築前のものと同一性を有するものであるとしてこれにつき当初の使用貸借が存続していることを前提とする被控訴人の第一次請求は失当として棄却を免れない。よつて被控訴人の右請求を認容した原判決は失当であつて取消を免れない。

予備的請求について。

まづ、その適否について検討する。

被控訴人は従来建物の使用貸借の終了を原因として目的物たる右建物の返還を求めていたのに、当審において予備的に右建物の敷地たる土地の所有権に基き、その不法占有を理由として右建物の収去及び敷地たる土地の明渡を求めるに至つたものであるから、被控訴人の右予備的請求が請求の基礎を変更する訴の変更であることは正に控訴人の指摘するとおりであるといわねばならない。しかしながら、相手方の提出した防禦方法を是認し、その相手方の主張事実に立脚して新たに請求をなす場合、すなわち、相手方の陳述した事実を採つて以て新請求の理由とする場合には、たとえそれが請求の基礎を変更する訴の変更であつても相手方はこれに対して異議を唱え、その変更が許されぬことを主張する権利を有せず、結局この種の訴の変更は相手方の同意の有無にかかわらず許容さるべきことになるといわねばならない。(大審院昭和九年三月一三日言渡、昭和八年(オ)第二五〇〇号事件判決参照)ところで本件において、原審以来被控訴人は、その所有の移築前の建物を控訴人に使用貸借によつて使用させたところ、右建物は移築され、移築後の現存建物は移築前の建物と同一性があり、使用貸借はそのまま存続していたところ、これが被控訴人の告知によつて終了したから、右使用貸借の終了を原因として現存建物の返還を求める、と主張したのに対し、控訴人は、移築前の建物と移築後の建物との同一性を認めながら、移築前の建物は控訴人、被控訴人の共有であり、使用貸借は存しない。と主張して被控訴人の右主張を争い来り、この争点につき被控訴人の主張が正当であることの立証がなされるや(当裁判所もこの点につき原審同様の判定をすること前記の如くである。)控訴人は、当審で右同一性を否定し、現存建物は控訴人所有の別個の建物であるとなし、従つて、仮りに移築前の建物につき使用貸借があつたとしても現存建物については使用貸借は存しない、と主張するに至つたものである。

右の控訴人の当審における主張は現存建物についての使用貸借の不存在という控訴人の従来の主張をさらに裏付ける一つの事情の陳述たるに止まり、それ自体独立の防禦方法ではないといえるけれども、控訴人の右主張は前記の如く移築前の建物が被控訴人の所有であつてこれにつき控訴人との間に使用貸借が成立したことが既に証拠上確定され、被控訴人の主張する如く現存建物について使用貸借が存するや否やは、一にかかつて移築前の建物と現存建物とが同一性を有するや否やによつて決することとなつた訴訟の段階に至つてなされたのであるから、控訴人の右主張は訴の変更の許否に関して考察する限りにおいては、前記説示にいうところの一つの防禦方法にあたるものとなすべきであることは右の説示の趣旨とするところからいつて当然のことに属する。従つて、控訴人主張の如く現存建物が移築前の建物と同一性がなく-従来存した使用貸借も現存建物には引きつがれず-現存建物が控訴人所有の新建物であるとすれば、敷地の所有権に基き現存建物の収去、その敷地たる土地の明渡を求めるという被控訴人の新請求は、前記の意味における相手方の提出した防禦方法を採つて以て新請求の理由とする場合にあたるといえる。

もつとも本件の場合控訴人の防禦方法はそのまま直ちに被控訴人の新請求の請求原因の全部をなすものではなく、被控訴人の新訴の請求原因とするところは、控訴人の防禦方法として主張する事実(現存建物は移築前の建物と別個の控訴人所有の建物であり、従つて移築前の建物につき使用貸借があつたとしても現存建物には移行しなかつたという事実)に加えて、右新建物の敷地が被控訴人の所有であり、控訴人は権限なく被控訴人所有の右土地に本件建物を所有することによつてこれを不法に占有しているというのである。しかしながら、かかる附加事実があるからといつて、その基本たる事実は結局本件係争建物は控訴人の所有に属するという事実であるから、右事実に基き訴を変更したからといつてこれにより相手方たる控訴人は訴訟の追行において格別不利益を受ける訳でなく、また従前の訴訟にあらわれた訴訟資料はすべて新訴の訴訟資料となるのであるから、訴訟経済の上からいつてもかかる場合の訴の変更は相手方の異議如何にかかわらずこれを許すべきである。よつて被控訴人の予備的請求の追加に対する控訴人の異議は理由なしとして却下する。

そこで予備的請求の当否について判断するに、被控訴人主張の現存建物が控訴人の所有であり、その敷地たる被控訴人主張の土地が被控訴人の所有であること、控訴人が右建物を所有することによつてその敷地たる土地一〇坪三合四勺八才を占有していることは当事者間に争なく、控訴人は右占有の権限について何らの立証をしないから控訴人は不法に右土地を占有して被控訴人の土地所有権を侵害しているものというべく、従つて右建物の収去、敷地たる土地の明渡を求める被控訴人の予備的請求は正当として認容すべきである。

よつて、民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条、第九二条を適用し主文の如く判決する。

(裁判長判事 大江保直 判事 内海十楼 判事 古原勇雄)

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